SAWAMURAのフラッグシップモデルハウス『THE ART HOUSE』にて、2025年1月20日〜4月19日までの期間、『建築から生まれた椅子展』のサテライトイベント(主催=建築から生まれた椅子展全国キャラバン実行委員会)を開催しました。
このイベントでは、20世紀を代表する名作椅子を収集・研究してきた世界的なデザインコレクション『織田コレクション』から、建築家やインダストリアルデザイナーが手がけた椅子を中心に“珠玉の名作”を展示。
本展の開催に際し、『織田コレクション』の創設者であり、椅子研究家・東海大学名誉教授の織田憲嗣先生を迎え、「日常を美しく生きる」をテーマにしたトークイベントが1月30日㈰に開催されました。
日本人とアートの関係性をテーマに、実用品である椅子が私たちの価値観や生き方にどのような影響を与えるのか、SAWAMURAのインテリアデザイナー・岡田さんと共に考える貴重な機会となりました。
トークイベントの様子や『織田コレクション』の魅力について振り返ります。
織田憲嗣 / 椅子研究家・東海大学名誉教授
1946 年高知県生まれ。大阪芸術大学卒業後、高島屋宣伝部に勤務。コレクション 1 脚目となる「LC4」に出会う。1979 年友人のコピーライター里見喜久夫氏とともにデザイン事務所「画文舎」を設立。その後椅子の研究室「CHAIRS」を妹尾衣子氏とともに立ち上げ、椅子購入のため寝ずにイラストを描く日々を送る。1994 年コレクションとともに北海道へ移住、北海道東海大学芸術工学部(当時)教授に。織田ゼミは人気を集め多くの優秀な学生を輩出、2015 年の最終講義を経て現職に至る。
『織田コレクション』は、椅子研究家であり東海大学名誉教授の織田先生が長年にわたって収集・研究を続けてきた、20世紀の名作家具・日用品のコレクションです。北欧デザインを中心に、椅子、テーブル、照明、食器、木製玩具など多岐にわたるアイテムを収集し、その数は世界有数の規模を誇ります。さらに、写真、図面、文献といった資料も含めて体系的に整理されており、近代デザイン史を学ぶ上で極めて貴重なアーカイブとして世界的に評価されています。
『織田コレクション』は北海道東川町の複合交流施設『せんとぴゅあ』にて常設展示されており、日本国内のみならず、海外のデザイン研究者や愛好家からも高い注目を集めています。今回『THE ART HOUSE』に展示した19脚の椅子は、織田先生の膨大なコレクションの中でも「名作」と呼ばれる作品たち。建築会社のモデルハウスという場所も考慮し、暮らしに寄り添うような実用性を重視したベーシックな作品を、インテリアコーディネータの岡田さんが選出し、展示させていただきました。
時代を超えて愛され続けるアーティストたちの手がけた椅子は、建築の延長としてのデザイン性と、彫刻のような美しさを併せ持ちます。時代や流行を超えて今なお愛されるデザインであり、現代の暮らしの中でもその価値を感じることができます。
「美しい日用品は民度の高い国民を生み、民度の高い国民は美しい日用品を生み出します。いいものは私たちの振る舞いを決定付けます。つまり、ものは生き方を決定付けるものです。」
織田先生が提唱するこの理念をもとに、「日常を美しく生きる」をテーマとしたトークイベントが開催されました。日用品や空間が私たちの生き方や価値観にどのような影響を与えるのか、日常をより豊かにするヒントを伺いました。
数々のコレクションのなかでも、織田先生にとって思い入れのある椅子の一つが『Arm chair 45』です。大学生の頃、大きな家具の展示販売に訪れた際に、この椅子に出会われました。
「作家名も知らない、椅子の知識も全くなかった頃でしたが、なんて綺麗な椅子なんだろうと強烈に印象に残りました。当時、仕送りが月7000円だったのに対し、この椅子がバーゲンセールで3万円で売られていました。セールとはいえ、椅子一脚が自分の仕送りの何倍もの値段で売られていることに驚き、本当に“ド肝を抜かれた”という感覚でした」
アルヴァ・アアルト Arm chair 45(1946-47年) | アルテック
それがきっかけになったのか、当時住んでいたわずか4畳半のアパートには、コーヒーテーブルと、小学生の頃から使っている勉強机と椅子、ロッキングチェアとアームチェアと、椅子だけ4脚も置いて生活をされていたそうです。
大学卒業後、高島屋の宣伝部に入社。初任給が4万円になった頃、当時の価格で30万円の椅子を購入されます。社内の割引制度を利用したとはいえ月給の5倍以上の価格。それでも織田先生は、「その頃の自分が買える最高のものを買う」というポリシーを貫き、「本物」に触れる人生を歩んでこられました。
イベント当日、織田先生が身につけておられたのは、56年前に買ったというロレックスの時計。また、高島屋に入社して1年目の初任給3万7千円だった頃に1万円で買ったというマフラー。
「来年80歳になる私ですけれども、未だにその20代前半で買ったマフラーを愛用していますし、時計はもう体の一部のようになっています」と、これまで購入したものはどれも今なお大切に使い続けていらっしゃいます。
しかし、住宅やインテリア業界において、流行は非常に早く移り変わります。そんな流れを誰よりも実感している岡田さんが「去年お客様に提案したものが、もう少し経つと違うトレンドになってしまうことがよくありますが、流行の変化についてどのようにお考えですか?」と伺うと、「本当にいいものを長く使い続ける、使い切るということが、あらゆる分野で求められている」といった答えが返ってきました。
「住宅というのは一生に一度の買い物ですから、本来なら、“流行”という視点で捉え方をするべきものではありません。20年、30年、50年経っても飽きがこず、愛着が湧くものこそが価値を持ちます。時代に左右されない家づくりを目指している理由をお客様に伝えていくことが良いと僕は思います」
ジョージ・ナカシマ Conoid chair(1960年) | 桜製作所
また、織田先生は「Re・Design」という考え方についても触れられました。
“リデザイン”とは、過去の名作の中にある問題点を見出し、改善・改良していくデザイン手法です。名作と呼ばれるようなどんなに優れたデザインでも、機能性やプロポーション、素材、安全性、経済性など、どこかに課題や欠点が残るもの。それを見つめ直し、時代に適応させることこそが、本当の意味でのデザインの進化だと考えておられます。
オーレ・ヴァンシャー Arm chair(1950年代) | アンドレアス・ジェッペ・イベルセン
ご自身の講演ではいつも、「モノを買うときは、ちょっと無理をして購入していただきたい」と伝えておられるそう。例えば、ダイニングチェア1脚が3万円ほどで買えるとすると、最低でも1脚25万くらいのものです。
「そんな椅子を買おうと思ったら、ちょっと勇気がいりますし、ちゃんと選びますよね。実際に販売されているお店に行って腰かけて座ってみて、機能性やテーブルの高さはどうなのか、立ったり座ったりという動作がスムーズにできるのかを試す。そうしてやっと手に入れたものは、ずっと大切にしますし。子供や孫の時代までずっと受け継いでいけます。だから、椅子は一生物ではないんです。三生モノ、四生モノなんです」
織田先生のご自宅に置かれている50脚ほどの椅子のほとんどが、半世紀以上前に作られたもの。全く色褪せることなく、あるいは風化されていると感じることもなく、「今でも空間の中で輝いてます」と織田先生はいいます。
また、私たちが一生モノ以上の椅子に出会うポイント、長く愛用するポイントとして、3つのことを教えていただきました。
一つめは、実際に使用する時間と同じ時間をかけて試すこと。ダイニングテーブルや椅子は、ほんの数分腰掛けるのではなく、食事をする時間を想定してできるだけ長く座って使用感を試すといいそうです。
二つめは、椅子は夕方に買ってはダメ。体が疲れた状態で椅子に腰かけると、どんな悪い椅子でもかけ心地が良く感じてしまうため、靴を買うときと同じように、体が疲れていないときに試してみるのがいいそうです。
三つめは、椅子の足を切らないこと。外国でデザインされた椅子は靴をはいたまま座る前提で少し高めに作られていますが、足を切ってしまうと本来の美しさが損なわれてしまいます。
デザイナーへの敬意も込め、子供や孫の世代まで受け継がれていく素晴らしい椅子に出会うため、また人生を豊かにする大切な要素のひとつとして、使い込むほどに味わいを増し、世代を超えて愛される椅子と出会いたいですね。
ル・コルビュジエ / ピエール・ジャンヌレ /シャルロット・ぺリアン Basculant chair(1928年) | アリバ
大阪から北海道に移住し、まもなく32年。そのうち単身赴任をしていた8年間は、3食自炊をし、掃除や洗濯なども全てご自身で行っておられました。そのなかで見えたのは「生活者の視点を自分の中に持つことができた」こと。
「使い手の側に立った視点・接し方ができるようになりました。現在でも私は、朝起きたら必ず玄関、階段、駐車場を全て掃除します。草刈りや除雪、薪割り、家の中の掃除も全て私がやり、家内のあとに私がお風呂に入り、最後に1滴も水滴を残さないように拭き上げます。それはもう、自分に課した約束なんですね。丁寧な暮らし方、それが非常に大事なんです」
暮らしを整えるうえで、織田先生は4つの軸で物の整理・整頓を行なっておられます。
まずは、「ステージに置く」。それ自体が本当に美しいアートやオブジェは、より美しく見えるような場所を用意し、置いてあげる。
つぎに、「スタンバイの状態にしておく」。本を開いたら必ず元の位置に戻す、膝かけは必ず畳んで最初の位置に戻すなど、次に使うときにすぐに使いやすいよう、常にスタンバイ状態にしておく。
そして、「しまう」。1つ1つ が美しくデザインされたものであったとしても、例えばカトラリーのように、表に出ていることがふさわしくないものは、専用の場所を用意して仕舞う。
さいごに、「隠す」。レシート類や肌着など、絶対に外に出ていてはいけないものは、きちんと収納して隠す。
こうしたルールに沿って整えておくことで暮らしを美しく保つことができ、たとえ不意の来客でも美しい状態で迎えることができます。
暮らしの中にアートが根付くヨーロッパの国々。北欧家具の本場スウェーデンでは、公共建築を建てた際、総建築費の1%はアート作品を購入して飾らないといけないという法律があります。また、デンマーク人は初任給が入ったら自分のための椅子を買う文化が根付いています。
一方、日本では、“アート”は一段高いものとして捉えられており、より日常に近い家具などの “デザイン”はアートよりも少し下に考えられているといいます。
この理由を織田先生は、「日本では、“アート”は文化庁の管轄であり、“デザイン”は経済産業省の管轄であるから。このボタンの掛け違いが、日本でデザインミュージアムが存在しない理由です」と考えておられます。
「誰が認めるアート作品であったとしても、そこにいる人全員が100点満点をつけるかといえば、必ずしもそうではないんです。つまりアートは作家の主観であり、それに対してデザインは、客観性が求められます。なぜここにこれを付けないといけないのかという論理性や量産性、機能性、審美性などいろんなハードルがあり、クライアントとエンドユーザーの間に立って、両方の希望を同時に満たすことがデザイナーに課された使命です」
日本の“デザイン”は、残念ながらデザイン経済論であることがほとんど。だからこそ織田先生は、これまで一貫してデザイン文化論をもとに講演を続けてこられました。
「今の日本は、家も家具もショートスパンのものばかりですが、ヨーロッパに行けば数百年前に建てられた家に暮らすことは当たり前。もっと本質的な部分を見た暮らし方を目指すのがいいんじゃないかと、私は思います」
日々の家事や予定をこなすだけの毎日から、どんな時間を過ごしたいかに目を向けることで、暮らしはもっと心地よく、豊かになっていく。
アートや家具、植物など、自然と生活に馴染むものを取り入れることも、その一歩です。
SAWAMURAは、そんな暮らしのあり方を、住まいを通じてご提案しています。
期間:2025年1月20日(月)~2025年4月19日(土)
会場:THE ART HOUSE(SAWAMURAモデルハウス)滋賀県高島市勝野1108番地3
主催:建築から生まれた椅子展全国キャラバン実行委員会
協力:写真文化首都「写真の町」東川町、織田コレクション協力会、旭川家具工業協同組合
織田コレクション https://odacollection.jp/