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インタビュー
2026.04.15
「働くとは、他を楽にすること」勤続50年社員の藤原さんに聞く、SAWAMURAと歩んだ軌跡

SAWAMURAでは、WEB社内報「S.Letter」を運営しています。以前は手渡しできる紙媒体にこだわっていましたが、2025年5月から、どこからでもアクセスしやすく、紙幅に制限されないWEB媒体に移行しました。

今までよりさらに深い現場への取材記事や、逆にお手軽なおすすめお持たせ情報など、コンテンツの自由度はさらに広がりましたが、メインコンテンツはずっと変わらず、ベテラン社員がSAWAMURAとの半生を語る「SAWAMURAとわたし」です。

今回はそんな「SAWAMURAとわたし」から、勤続50年を迎えた藤原さんのインタビュー記事を、SAWAMURA PRESS編集部がお借りしました。

普段は公開されていない社内報記事の特別掲載、ぜひご覧ください。

PROFILE
藤原さん

高島市今津町出身。1976年、20歳でSAWAMURAに入社。それまで建築主体であった当社において土木部門を担当し、主に公共工事の現場に長く携わる。2007年に常務取締役に就任。リーマンショックの影響による会社の厳しい時期を乗り切るために尽力し、以降も後進の育成などに励む。趣味は映画鑑賞。取締役時代は戦国ものを好んで観ていたが、最近は宮崎駿監督や新海誠監督の作品など、アニメ映画をよく観ている。

<経歴>
S51年4月1日 入社
S60年3月31日 土木課課長に就任
H12年5月1日 次長に就任
H16年5月1日 部長に就任
H17年12月17日 取締役 土木部長に就任
H19年11月29日 常務取締役に就任
R4年1月14日 取締役を退任し後進の育成へ力を注ぐ

好きなように仕事をしていた。今思えばやんちゃでした(笑)

―入社のきっかけを教えてください。

高校卒業を控えた時期、私にはまだ何がしたいとかありませんでした。地元の同級生に進路のことを聞くと、ほとんどが関東の大学や進学をすることに。それでみんな行くんやったら…と関東に興味を持ち学校を探しました。でも勉強はあまり好きではなくて。推薦だけで入学できた東京にある測量と土木技術を学べる専門学校に行きました。東京の生活は楽しくやっていたのですが、ここは住むところやない。そう思って卒業後、働く宛もないまま高島に帰りました。父親の知人が当時社長だった寅男会長と知り合いで、そのことを話したところ「まぁ一度、見に来るか?」と言ってもらい会社に伺ったのが入社のきっかけです。

―入社当時を振り返って、どんな若者でしたか?

好きなように仕事をしている感じで、まぁ今思えばやんちゃでしたね(笑)。当時の会社は建築を学んできた社員がほとんど。土木について聞ける環境ではありませんでした。そこで現場に入っている協力業者のツテを使って、同業者の人に「この書類どうやったらいい?」と教えてもらっていました。とにかく会社の中でじっと作業をするのが苦手で。自分で聞きに行く、確かめに行く。若手の時はその繰り返し。相手に教えてもらうまでの計画を立てて、段取りをして、礼儀正しく伺う。そういうことは何よりも大事にしていたし、相手の懐に飛び込むことは得意だったと思います。今の時代では考えられませんが、まだ若かったからか、みなさん気さくにいろいろ教えてくれました。ただ、そのことを会社で言うと怒られるのではないかと思って、できるだけばれないようにしていました(笑)。

今でもそうですが、私は子どもみたいなところがあって。好きなことだけ積極的に取り組むところがある。観察して、興味を持ち、この先何があるんやろうと、掘り下げていくことが好きなんです。その代わりいらないと思った情報は、はなから聞かない(笑)。だから仕事をやらされているという感覚は全くありませんでした。土木の仕事がおもしろくて他のことをするのが嫌だから、そればっかりやっていた感覚です。 

―土木のどんなところがおもしろかったですか?

私は天気の移り変わりが好きでね。それって人がつくれるものと違うやん。そこがおもしろい。

高島という地域は雨も多いし、雪も多い。天気の移り変わりの激しい私好みの職場でした。昔はよく口癖で「やっつける!」と、現場を納める景気付けの意味で言っていました。それくらい自分の中で、現場は戦いなんです。工程を管理したり、人を配置したり、ときには作業員の皆さんにお願いして残業をしてもらったり、今日はここで作業を止めようかとか。現場の状況を判断する最も大事な指標のひとつが天気。その読みを効かせたり、考えたりするのがものすごい好きでね。読みが当たった時は「やったー!」って気持ちになる。今みたいにスマホで天気を知る時代じゃなかったから、風を読むのが基本。特に現場ではすごく敏感でした。そういう日々変わる天気に合わせて、現場をどう納めていくか。それが高島という地域をベースに働く、澤村の土木の魅力かな。たぶんよその会社だったら、すぐに飽きて辞めていたかもしれない。それくらい楽しかった。  

―当時の社長は創業者の寅男会長でした。印象に残っている言葉はありますか?

昔は、社員全員が参加する会議が月に1回あり、その中で会長がときどきこんなことをおっしゃっていました。「働くって意味わかるか。働くっていうのは他(はた)を楽にすることやろ。自分自身ががんばることで周りを楽にすることが、働くってことやろ。それは自分の家族もそうやし、協力業者の方にもそう。ようするに、他を楽にすることやろ」と。若い私には、なんだか哲学のように聞こえて、とても印象に残っています。たぶん、自分を取り巻くすべての人に気を配って働きなさい、ということだったのだと思います。

 

あなたが何をしたいか、どうなりたいか。すべて自分次第です。

―入社して50年、会社の変化をどう見ていますか?

昔に比べて人も部署も増え、会社の成長を感じています。その中で、みんな一生懸命やっていることも伝わってきます。ただ、ときどき「やらされているからやっているの?」と感じることがある。それでは、どれだけがんばっても、自分が本当に望んでいる結果にはつながらないと思います。今、社長もさまざまな場所に足を運び、多くの方と出会いながら会社のPRをしてくださっています。社長としての責任ももちろんあると思いますが、それ以上に探究心の強さを感じます。

だからこそ、会社から「ああしろ、こうしろ」という指示を待つだけではなく、まずは自分が何をしたいのか、どうなりたいのかを考えることが大切なんじゃないのかな。結局のところ、すべては自分次第です。 

そしてもうひとつ。予測できない世の中で会社が生き残っていくには、やっぱり強い組織をつくっていかないと。だから組織づくりは絶対必要なことだと思います。土木課も寅男会長の方針のもと、会社の将来のために必要な事業の一つとして立ち上げられたと思います。新たな事業というのは、その芽が出るまでに10年かかるか、20年かかるかもわからないこと。土木課についても長い目で考えていただけていたのはありがたいことです。20歳の時から取締役に就任して後進に引き継ぐまで、土木事業をつなぎ続けてこられたことはうれしい限りです。  

―部長の役職についていた時も「現場を見る」ことを大事にされていたそうですね。 

私は現場で育ってきた人間なので、いくらメールや写真で報告されても、正確な状況はなかなかわかりません。やっぱり現場で風を感じて、全体を見渡すことで、今ここで何をつくっているのかがはじめて見えてくる。これはどの部署でも言えることだと思います。机の上だけで考えるのではなく、自分の目で確かめてみると、見え方はきっと変わる。そういう行動に遠慮はいりません。ここでいう現場というのは、工事の現場だけのことではありません。営業であれば取引先の会社かもしれないし、それぞれが実際に人と向き合い、仕事を動かしている場所のことです。特に若手には、どんどん外に出て、そうした現場を見て、風を感じてほしい。そういう人材は絶対成長します。現場はおもしろいよ。楽しいよ。

 

みんな丸くなりすぎてないか? 

―さまざまな役職の経験を踏まえて、社員へメッセージをお願いします。

まず若手に思うのは、みんな少し大人しすぎるんちゃうかな、ということです。入社したときのいきいきとした輝きが、1年経つと「なんかあったの?」と思うくらい変わっていることがある。「それは早すぎひんか?」と思います。入社して1年、2年と経つと、会社のいいところも悪いところも見えてくる。そういうことも影響しているのかもしれません。私のように、あくまで自分は自分というスタンスでやってきた人間からすると、今の若手は少し周りのことを考えすぎているようにも感じます。だからこそ、もっと元気を出して仕事してほしい。元気っていうのは、発言するのも元気やし、笑顔も挨拶も元気。会社のエネルギーを底上げする力を、若手から発信していってほしいです。

それから、仕事を進めるうえでは、上を突き上げるくらいの勢いも大切だと思います。経験があるとかないとかは関係ありません。会社の方針に合っているなら、やってみたいことにはどんどん挑戦したらいいと思う。そのためにも、1回1回の会議の質にはこだわってほしいです。真剣に議論を重ねて、今日の会議で決めるべきことは、できるだけその場で決め切る。そんな会議が増えていくといいなと思います。会議に出席する人は、どんな立場でもしっかり予習・復習をして臨む。そして、その会議で自分の考えを言えなかったとしても、次の会議では一番最初に手を挙げて伝えるくらいの気持ちでいてほしいです。プロジェクトのゴールから逆算して、この会議では何を決めるのか。目標はどこなのか。そうしたことを意識しながら、物事を前に進めていってほしいと思います。

 

SAWAMURAは、生きていくなかで心地よい場所。

―藤原さんにとってSAWAMURAで働く「原点」とは? 

やっぱりこの仕事が好きだったのは間違いないです。そしてこの会社と、この会社に携わってくれるすべての人が好きですね。怒られてその場の勢いで辞めると言ったことだって何回もありました。それでも一晩経って朝になり、自分が間違えていたと思ったら出社してすぐ「昨日はすいませんでした」と謝っていました。すぐに謝れるのは、次に行くところがないからなんですが(笑)。

―最後に、藤原さんにとってSAWAMURAはどんな存在ですか? 

ありがたい存在ですね。感謝、それしかないです。嫌なこともいいことも含めて、私が生きていくなかで心地よい場所でした。部下を兄弟のように叱ったり、新入社員は子どものように大事にしたり…。みんなは今さらそんなことを急に言われたら困るやろうけど、私は勝手にそんなふうに思っています。

 

 

Interview&Text:福馬俊太郎/Photo:佐野誠二/Edit:S.Letter編集部

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